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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)3100号 判決 1994年7月05日

徳島県鳴門市大津町段関字沖野二〇-三

原告

吉成美隆

右訴訟代理人弁護士

片山善夫

右輔佐人弁理士

渡辺三彦

大阪府岸和田市松風町一一番二号

被告

村田産業株式会社

右代表者代表取締役

浅田武

大阪市中央区谷町六丁目一〇番二六号

被告

山〓産業株式会社

右代表者代表取締役

山本道雄

右両名訴訟代理人弁護士

内田敏彦

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求の趣旨

一  被告村田産業株式会社は別紙物件目録一記載の瓦止め釘を製造し、販売してはならない。

二  被告山〓産業株式会社は別紙物件目録一記載の瓦止め釘を販売してはならない。

三  被告らはその占有する前項記載の瓦止め釘を廃棄し、被告村田産業株式会社は右釘の製造に使用した金型を廃棄せよ。

四  被告らは、各自、原告に対し、金六五六万六四〇〇円及びこれに対する平成五年四月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

五  訴訟費用は被告らの負担とする。

第二  事案の概要

一  原告の意匠権

1  原告は、次の意匠権(以下「本件意匠権」といい、その登録意匠を「本件登録意匠」という。)を有している(争いがない。)。

出願日 昭和六一年六月六日

登録日 平成元年二月二二日

登録番号 第七六二七三二号

意匠に係る物品 瓦止め釘

登録意匠 別紙意匠公報記載のとおり

2  本件登録意匠の構成

本件登録意匠は、次の構成からなる(甲二)。

A 円形の釘首頭を細長く一方に大きく張り出して係止片を形成し、係止片と釘軸は正(背)面視及び右側面視において、いずれも垂直に接続し、全体的に直線で構成されており角ばった感じがする。

B その係止片の先端が下方に屈折し、水平部と屈折部の長さの割合は約一対〇・六である。

C 屈折の角度は約二五度である。

D 係止片の水平部と屈折した先端部はいずれも断面形状が細長い長方形の薄板状であり、正(背)面視において、厚さにほとんど差はなく、係止片の上面線と下面線はほぼ平行な折れ線を形成する。

E 釘軸は、係止片の反対端(屈折している先端の反対側)からわずかに中央方向に寄った位置から、垂直下方に形成されており(係止片の反対端は釘軸より外方に出ている。)、普通の釘と同様表面は滑らかである。

F 係止片の平面視における幅は、釘軸のある側から先端部に至るまで一定しており(但し、先端角は円弧状)、釘軸の直径よりやや大きい程度であり、先端部も平べったくなっている。

二  被告らの行為

1  被告村田産業株式会社(以下「被告村田」という。)は、平成四年四月ごろから、別紙物件目録一記載の瓦止め釘(検甲一。以下「被告製品」という。)を製造販売し、被告山〓産業株式会社(以下「被告山〓」という。)は被告村田から被告製品を購入して販売している(争いがない。)。

2  被告製品の意匠は、次の構成からなる(別紙物件目録一、検甲一)。

a 一方向にのみ形成した釘首頭(他方向には全く張り出していない。)を細長く大きく張り出して係止片を形成し、係止片と釘軸は、正(背)面視における内側の接続のみが直線が垂直に接続した形状になっているが、外側及び右側面視においていずれも接続部が円弧状に形成されており、全体に丸まった感じがする。

b その係止片の先端が下方に屈折し、水平部と屈折部の長さの割合は約一対〇・三である。

c 屈折の角度は約三五度である。

d 係止片の水平部は薄板状ではあるが角部のない断面が細長い小判状であり、屈折した先端部は釘軸とほぼ同一で丸く水平部より厚い。

e 釘軸は、その外縁を係止片の他端(屈折している先端の反対側)と共通にして垂直下方に形成されており(係止片の他端は釘軸より外方に出ていない。)、下方約三分の二の表面にはリング状の切り溝が形成されている。

f 係止片の平面視における幅は、釘軸のある側では、釘軸の直径よりやや大きいが、先端部に向けて徐々に狭くなっていき、屈折部でさらに両側がくびれるように狭くなり釘軸の直径とほぼ同じになり、先端が軽く尖っている。

三  請求の概要

被告村田が製造販売し、被告山〓が販売する被告製品の意匠が、原告の本件登録意匠と類似することを理由に、被告らに対し、その製造、販売の停止等を求めるとともに、意匠権侵害による損害の賠償として、被告らが平成四年四月一日から平成五年三月末日までに被告製品を販売して得た利益の額六五六万六四〇〇円(一か月の販売量二二万八〇〇〇本×単価六円×利益率四〇%×一二か月)の支払を求める。

四  争点

1  被告製品の意匠は、本件登録意匠に類似するか。

2  前項が肯定された場合に、被告らが原告に賠償すべき原告に生じた損害金額。

第三  争点に対する判断

一  争点1(本件登録意匠に類似するか)

1  本件登録意匠と被告製品の意匠は前記のとおりであるが、いずれも瓦止め釘に係るものであって、瓦止め釘は、「この釘から張り出した係止片に瓦の端部上面を当接してから釘打ちして、瓦を野地板に固定することで瓦の飛散やズレを防止する為のものである。」(本件登録意匠に係る物品の説明。甲二)というその物件の性質上、本来目立たない部分に使用され使用後は全部が瓦の下に隠されてしまうものであるから、意匠としては、その実用上の目的のために必要不可欠なものを中心とした単純なものとならざるを得ず、各意匠は基本的構成において共通することになる(瓦の端部上面に当接するための一定の長さを有する係止片と、釘打ちのための釘軸が基本的構成となる。)ことは明らかである。

2  原告は、本件登録意匠の要部は、釘首頭から釘軸の直径とほぼ同じ幅の係止片を一方に細長く張り出し、その先端部分が直線ではなく直角に至らない程度に下方に屈折している点にあり、被告製品は本件登録意匠の右要部を備えているから、釘軸の長さと係止片の長さの比や、係止片の先端の屈折の角度、先端部の厚さ等について本件登録意匠と若干の差異があっても、両意匠は類似すると主張する。

しかしながら、意匠登録出願前に公然知られた意匠、刊行物に記載された意匠及びこれらと類似する意匠は意匠登録を受けることができない(意匠法三条一項)ことに鑑みると、意匠の類似範囲を考えるにあたっては公知意匠の存在を斟酌する必要があるのでこれを検討するに、本件登録意匠の登録出願前に、本件登録意匠の意匠に係る物品(瓦止め釘)について、本件登録意匠の要部を考察する上で考慮すべき次の各意匠が公然知られていたと認められる(乙二、三の1ないし3、四の1、3、五ないし七、一一、弁論の全趣旨)。

(一) 公開実用新案公報昭五七-九九〇三〇号に係る実用新案登録出願願書添付図面掲載の、軒先瓦を野地板に固定するための鈎状形の瓦用釘の意匠(別紙物件目録二(1)記載の釘の意匠。以下「公知意匠一」という。)。

公知意匠一は、釘首頭から釘軸の直径とほぼ同じ幅の係止片を一方に細長く張り出し、その先端部分が直線でなく下方に屈折している点において本件登録意匠と同様であり、原告が本件登録意匠の要部と主張する特徴の大部分を備えている(要部と主張する特徴との相違点は、本件登録意匠では屈折の角度は約二五度であるのに対し、公知意匠一では屈折の角度は約九〇度である点のみである。)。

(二) 久保田鉄工株式会社が、昭和五六年末ごろ、被告山〓ら釘販売業者に対して交付した見積依頼書添付の仕様書に記載された、軒先瓦に耐風強度をもたせるために使用する「クボタ洋瓦用軒先クリップ」の意匠(別紙物件目録二(2)記載の意匠。以下「公知意匠二」という。)。

公知意匠二は、原告が本件登録意匠の要部と主張する、釘首頭から釘軸の直径とほぼ同じ幅の係止片を一方に細長く張り出し、その先端部分が直線ではなく直角に至らない程度に下方に屈折している特徴はすべて備えており、全体的には極めて類似し、両者の主な相違点は、本件登録意匠では、屈折の角度は約二五度であるのに対し、公知意匠二では約四五度である点、本件登録意匠では、正(背)面視において、係止片の幅は、釘軸のある側から先端部に至るまでほぼ一定しているのに対し、公知意匠二では、正(背)面視において、係止片の幅は、水平部分に比し屈折した先端部分が細くなっている点、本件登録意匠では、平面視において、両先端の角丸部分を除き係止片の幅は釘軸のある側から先端部に至るまで一定しているのに対し、公知意匠二では、係止片の幅は釘軸部分より先端部は狭くなっている点、水平部と屈折部との長さの割合が、本件登録意匠では約一対〇・六であるのに対し、公知意匠二では約一対〇・三七五である点等にすぎない。

3  そうすると、原告が本件登録意匠の要部と主張するところのものは、公知意匠一及び二において本件登録意匠出願当時既に公知のものであったから、原告主張の右構成に本件登録意匠の要部があると解することは到底できない。

4  以上の諸点及び本件登録意匠に係る物品(瓦止め釘)が人の手の平に乗る程度の小さなもので一見してその全体像を把握することができるような物件であることを総合考慮すると、本件登録意匠は、その個別的な構成ではなく、それらが結合して形成された、正面視及び平面視における外観全体が新規な美観を成しているものとして登録されたものと考えざるを得ないが、強いて挙げれば、本件登録意匠の要部は係止片の形状及び係止片と釘軸との接続部の形状にあるというべきである。

5  そこで、本件登録意匠と、被告製品の意匠を対比すると、釘首頭を細長く一方に張り出して係止片を形成している点、その係止片の先端部が下方に屈折している点で同一の構成を有するが、この点は出願当時既に公知のものであったことは前記のとおりであり、その余の構成については、本件登録意匠では、係止片と釘軸は正(背)面視及び右側面視においていずれも垂直に接続し、全体的に直線で構成されており角ばった感じがするのに対し、被告製品では、一部を除き、係止片と釘軸との接続部が円弧状に形成されており、全体的に丸まった感じがする点、屈折の角度が、本件登録意匠では約二五度であるのに対し、被告製品では約三五度である点、係止片の水平部と屈折した先端部について、本件登録意匠では、いずれも断面形状が細長い長方形の薄板状であり、正(背)面視において、厚さにほとんど差がなく、係止片の上面線と下面線はほぼ平行な折れ線を形成するのに対して、被告製品では、係止片の水平部は薄板状ではあるが角部のない断面が細長い小判状であり、屈折した先端部は、釘軸とほぼ同一で丸く水平部より厚い点、釘軸と係止片の接続について、本件登録意匠では、釘軸は、係止片の反対端(屈折している先端の反対側)からわずかに中央方向に寄った位置から、垂直下方に形成されており(係止片の反対端は釘軸より外方に出ている。)、普通の釘同様表面は滑らかであるのに対して、被告製品では、釘軸は、その外縁を係止片の反対端(屈折している先端の反対側)と共通にして垂直下方に形成されており(係止片の反対端は釘軸より外方に出ていない。)、下方約三分の二の表面にはリング状の切り溝が形成されている点、係止片の平面視における幅について、本件登録意匠では、釘軸のある側から先端部に至るまで一定しており、釘軸の直径よりやや大きい程度であり、先端部も平べったくなっているのに対し、被告製品では、釘軸のある側では、釘軸の直径よりやや大きいが、先端部に向けて徐々に狭くなっていき、屈折部でさらに両側がくびれるように狭くなり釘軸の直径とほぼ同じになり、先端が軽く尖っている点等で相違し、結局、全体的には、本件登録意匠は、係止片が両先端を除きすべて直線で構成され厚さも幅もほぼ一定で、係止片と釘軸の接続部はいずれの視点においても垂直に形成されている等、シンプルで直線的な印象を与えるのに対し、被告製品の意匠は、係止片が、屈折した先端部において釘軸とほぼ同で丸く、水平部に比べ厚く、かつ先端を軽く尖らせ、水平部も断面細長い小判状の薄板状に形成し、係止片と釘軸の接続部は内側を除きすべて円弧状に形成して、変化に富み、かつ丸みのある印象を与えるものであって、両者は視覚を通じての美観を異にするというべきである。

なお、原告は、被告製品において、係止片の先端部分が丸みを帯びるのは、金型により釘を大量に生産する過程で、技術上の問題や、機械の性能などから、金型の先端部分が次第に磨耗して丸みを帯びることになることによるのであり、この点本件登録意匠の実施品も同様であるから、被告製品の係止片の先端部分に丸みがあるからといって、本件登録意匠と被告製品の意匠が類似しないことにはならない旨主張するが、被告製品の丸みが金型の先端部分が磨耗することによって生じたものとは到底考えられない。また、原告が本件登録意匠の実施品であると主張する原告製品(検甲二、三)に被告製品が類似していることは明らかであるが、右説示と同じ理由で、右原告製品は本件登録意匠の実施品と認めることはできないから、被告製品が右原告製品に類似しているからといって、被告製品が本件登録意匠に類似するということはできない。

二  結論

そうすると、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官 庵前重和 裁判官 小澤一郎 裁判官 本吉弘行)

物件目録一

別紙図面記載の瓦止め釘

図面

<省略>

日本国特許庁

平成1年(1989)5月23日発行 意匠公報 (S)

L4-2191

762732 意願 昭61-22048

出願 昭61(1986)6月6日

登録 平1(1989)2月22日

創作者 吉成美隆 徳島県鳴門市大津町段関字沖野20-3

意匠権者 吉成美隆 徳島県鳴門市大津町段関字沖野20-3

代理人 弁理士 渡辺三彦

審査官 吉山保祐

意匠に係る物品 瓦止め釘

説明 本物品は、この釘から張り出した係止片に瓦の端部上面を当接してから釘打ちして、瓦を野地板に固定することで瓦の飛散やズレを防止する為のものである。

<省略>

<省略>

物件目録二

<省略>

釘全面に逆目状突起をつけるものとする。

意匠公報

<省略>

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